自分探しブログ

書き殴っています。文章や文章の種、記録やフィクションごちゃまぜです。

成人式の肌の作り方

風呂に入る

美容液 化粧水 乳液

 

皮脂テカリ防止下地(もはやこの日は全顔、脂性肌なので)

ポアレス下地(頬の毛穴気になるとこに)

青味のCCクリーム(頬の赤みに)

プロテクティングファンデーションプライマー

リキッドファンデ フィットミー セミマットの方

 

だいぶ毛穴消えて感動した

全部内から外へ優しく叩き込み、間にティッシュで押さえたりしてムラがないように塗りすぎないようにしました。

崩れかたも汚くなかった。時間かかるけど良さげ

失ってから気づくもの

学校がどうも苦手だ。馴れ合いが蔓延る同期感がどうも得意ではない。

それで体調を崩したが、短所なほどに生真面目な性格が仕事をして、時間をかけていろんなことに挑戦するようになって、たくさんの人と関わるようになった。

そして、後輩だらけになったサークルや人生の先輩だらけの舞台現場を居場所だと思えるようになった。同期だけの場所より背負うものは増えるけど、学校よりとても楽しい。

 

特段尊敬している先輩が結婚した。異性の先輩だ。

年は少し離れているが、共通の極めたい趣味のサークルに属していて、向上心があって優秀な先輩。

先輩がより幸せになるのならそれ以上のことはないと思っていた。

結婚されたことを知った時は純粋におめでとうと思う気持ちだけだったのに、先輩の奥さんのお話を聞いていたらどこか複雑な感情が生まれた。

私の方が昔から知っているとか、技術の高さが分かるとか、どうでもいい感情がかすめていった。私も奥さんのようにストレートに1番尊敬している先輩であることを彼に伝えられたらいいのにと思った。今更伝えようとしたって、もう純粋な動機ではない。

 

変わらず静かに誠実にやっていくだけ。

彼の役に立ちたい気持ちは変わらない。

私は裏方だ。

幕が上がるのさ

ネガティブもポジティブに変えてゆけるじゃない?

 

 

自動車学校に通っている。学科はもっぱら学校での授業ではなくオンラインでインカメに顔を監視されながら受けるもので、技能教習だけを受けに行く。車の運転は初めてのことだらけなので、たくさん失敗をする。他の人はどうか知らないが、教習の前の待合ではものすごく緊張している。今までの人生、それはほとんどが学校の中での出来事だけれど、失敗したと思ったらとても恥ずかしかったし今も失敗は嫌。でも車の運転ってめっちゃ興味があったわけでもないし何も知らないから必然的に教習中はたくさん失敗が発生する。ここまでの未経験ものになったらさすがに私も、失敗する場所だ、とちょっとは思える。正直になってたくさん失敗する1時間はなんとなく健康にいい気がした。失敗することでつく自信というもの、根拠のない自信とか自分を無意識に肯定するスキルとかが養われてる…気がする。ほんの少し。本当はもっと人生を通して身に付くんだろうけど。

MTで受けているのでどうやらAT限定よりかなり難易度が高いらしい。噂通りめっちゃ難しいけど、ATの方はもっと気楽なんだろうか?でもこのMT車の運転の難しさに安心している自分がいる。車の運転なんて簡単だったら怖い。

ある程度スピード出しとかないとブレーキの練習はできないよって確かに。

ははー。人生。

ムーンリバー

起きれない

起きたくない

布団から出たら始まってしまう

動き始める

あんなに寝る前は楽しかったのに

寝たくなかったのに

もう家族はみんな出かけた

私だけが布団のなか

闘っている

起きたいし

起きたくないし

起きたほうがいいし

起きるとやなことが起きるし

誰と誰が喋っているのか

わからない

わかりたい

わかりたくない

 

何日同じことをするんだろう

昨日も1ヶ月前も1年前も同じことをした

ひとつわかることは

ずっと楽しいことをしているわけではないこと

秒分時間日月年世紀

月は決まった動きを続けるのに

私は変わらない

太陽は動かずいつもそこにいる

私も動かない、?

 

小学生の時、未来の自分はどんなもんかと想像したよな

今の私はこうだよ

私は私が嫌いだよ

また10年後

私は私を嫌いだろうか

月が何周したら

私は私になるか

 

夜にせがむ

2023.02 主に初照明卓オペの話(一部うつあるよ)

しんどいねえ〜

 

2週間、それぞれの土日に違う本番があるというスケジュールでした。

日本語難しい…地域劇団の本番の次の週が学校の本番だったんです。

両方ともピンスポの担当。

結果から申し上げると2週目の本番には出られませんでした。

情けない。申し訳ない。ありえない。

 

 

1週間目は自分が卒業生である、地域の児童劇団の本公演。いっちばん思い入れがある舞台。

直前の稽古から仕込みからバラシ打ち上げまで全部フル参加しました。

僕の照明の師匠とも昔ここで出会っているのです。

ブチアゲです。かわいい後輩たちの本番に立ち会えるし、僕の入団から数えたら10年目。

欠かさず毎年参加しておいて、頑張らないわけがないでしょ。

照明の師匠は変わらず担当してくれているので、頑張って力になれるようについていきます。

全くついていけないんですけどね。

もともと鬱っぽいので、いつも照明の現場に行った時は、自分の未熟さを自分が悪いことしたみたいに受け止めてしまって抑うつになるのですが、なんと今回はそれが(バラシ以外)なかったんです。師匠が気を遣ってくれたんだろうな。長丁場だったし

二部構成(周年記念短編/本編)で、まあ両方ピン振りの予定だったのですが、当日に無理を言って第一部の卓オペを担当させていただきました。

ピンスポってのはいわゆるスポットライト(人力)で特定の演者を目立たせるフォローピンとか呼ばれたりするやつなんですが、卓オペってのは照明の統括です。全体。一歩間違えたらホールを真っ暗にできますからね。

前日稽古までは、「ああちゃんと学校行ってたら卓もできたかなーはは」くらいに思っていたのですが、帰ってから衝動的に自分できるんじゃね?!とかいう超絶無責任な躁状態に駆られて。なんか悔しくもなっちゃってきて。

躁状態でも狂っていたとしても、明日になって聞いてみてダメならダメでいいじゃんと自分に言い聞かせて寝ました。

次の日。朝。

「ああ、いいよ。フェーダーこんな感じだから。」

みたいな。

えっ

第二部稽古終了。第一部稽古。

速攻既に作られて保存してある9つのシーンの明かりがどんなもんか確認します。師匠の字は読みとるのに少々時間を要するのです。()

当日なのもあって段取り稽古しかありません。めちゃめちゃ何周も確認します。台本がなくて構成表しかないのでがんがんメモを書き込みます。

さて、本番が迫る。開場。開演15分前。5分前。3分前。

師匠がこない。

のちに発覚するのですが、あえて離れていたそうです。……

慣れない調光室でのインカムで1人で舞台監督や音響さん代わってくれたピン担当とやりとりをします。

緞帳から板付きなので1つ目の明かりにする BG out 本ベル 緞帳up 客電out

ぎりぎり自分が知っている範囲であるサブフェーダーという部分で自分の手の速度で明かりを変えていきます。

300人以上の人たちが舞台を観ている。照明は舞台作品の視覚の印象を大きく左右する。

卓の使い方全てを知っているわけじゃないので、変なとこを押してしまって復帰できなくなったりなんかしたらもう…想像しただけで失神です。

慎重に、冷静に、大きな失敗もなく第一部を終えられました。

第二部。現役生の本編です。

こっちは予定通りピンスポです。相方と共に。

ピンルームはばっちり客席とはめ殺しのガラスで断絶されています。自分の目とインカムと音のモニターを通して、ステージから一番遠い場所から役者の様子を目を凝らして見て動きに合わせて動かしていきます。

はめ殺しだからよかろうと、相方と大声でたくさんのきっかけを確認しながら進んでいきます。

次のシーンは誰が誰を照らすのか。どこからどこまで照らすのか。次の曲はどんな演出か。次のシーンは…

スタッフらしからぬ大声確認。慣れてないからこうするしかないんです…いいのかなあ

ダウザー、アイリス、…この劇団でピンスポ年1×4年連続やってるはずなのに微塵もなれないんだなあこれが 毎回新鮮って言ったら響きがいいけどつまり慣れることがないんです

ピンは振った数でしか上達できないって。師匠言ってた

そりゃそうだ

バラシ。私、灯体外しに参加してる……!!とちょっと嬉しさがありながらも、段取りの見通しが立てられなくて遅れをとり指導を受ける。精進します。

まあこっちは無事成功に終われました。

 

次の週ですよ。問題は。

学校の、年度末集大成みたいなやつでした。演劇科の。

前の週で気力を使い果たし全体リハの前日まで寝込んで、さあリハに突然行く。

この時点でダメです。もっと稽古とか照明の打ち合わせから行かなきゃいけない

さて、この文章をお読みの方はご存知かと思いますが、私は軽度の鬱症状があります。いわゆるネガティブすぎるとかメンタルが影響されやすいとか自分で抱え込んで悩みすぎるとか、「うつ病」までではないけれどそういう感じです。それに加えて、不登校時代初期に長く寝込んでいた影響から体力がとにかく無いです。

リハ。うちの専攻は音楽ライブ系の照明を目指して入ってくる学生だらけで、まあゆうて学生なので、しばらく学校に行っていない私は入る隙がありません。ちなみに私は演劇やお笑いとかそっち系志望です。

学校も現場と思って行こうという昔の担任の助言ももらって全身黒でまとめて現場バッグを腰に下げなんとかピンを構えました。

その時には指示通りにできたんです。ほぼ完璧。

私の違和感はそれ以外にありました。学生特有の仲良くないと行動できない部分。

一人行動を好むし友達がいない私なので、気づけば1人になって他の人たちが集まっています。急いで行ってみれば特にミーティングが行われているわけでもない。

いや、仕事は全員ちゃんとしているので問題はないとも言えます。私なんかよりたくさんのことを知っていて、できる学生のはずです。

でも、……自分の仕事がない時に、全然関係ない話をしていたり、SNSを見たりしているのは違うと思いました。俳優たちはその時も必死にリハをしている。スタッフ陣は音楽志望だから演劇を邪険にしていいのか?そんなことは絶対にないはず。

勝手に怒りが湧きました。その人たちの行動は結局音楽も演劇も全ての舞台をバカにしているように見えて、全てが好きで助けられてきた私はどうしても許せなかった。

でもずっと学校に来ていない私につべこべいう権利はない。

ゲネプロの日、無断欠席してしまいました。他の人たちにも、自分自身にもとても強く鬱々とした気持ちがあり動けませんでした。当然、ゲネに出なかった私はピンの担当から外してもらいました。本番も行きませんでした。

 

失格です。私は、見習いとしてももうダメです。

私は、私はどうすればいいのか微塵も分からない。学校も無理で、普通に生活するのも苦しくて、もう行き場がない。死という言葉がどんどん近づいてきます。

 

1週間前を思い出そうとしました。他の卒業生たちに「努力を評価されているから」第一部のオペを任せられたと言われていました。

微塵も信じられません。

私は真面目でなんでも出来るイメージが一人歩きしていて、本当の私はそんなこと微塵もないです。

 

忙しくて幸せでクソ人間な2週間でした。

 

 

一旦スケジュールがしばらくない時期に入って、学校にも行く気がしないので久々に今週は友達と会ってたくさん会話をして鬱を癒したいと思います。

素直に頑張って生きている皆さんごめんなさい。

 

 

22年を振り返る

ソマオ・ミートボールとどんぐりたけし

 

Liella1st千秋楽泣いた

 

経験だけのために共テ

死ぬほど勉強が嫌い

無理

 

バイト入って4ヶ月でやめた

店長がシフト変更連絡してきてないのに「変更したら絶対連絡してます。以上」って言い張っててやめた

LINEだったから履歴残っとるぞ??

 

単位耐えるの確定

超孤独

 

手帳見返してるんですがコロナで行事ごとがぐちゃぐちゃなってますね

高校生活のラスト、うつ不登校だったのでもはや私は文字通り外出自粛みたいで変わらないですが

本当に学生は無念だったと思います

コロナだからこその何かもあっただろうけどできない悔しい思いのほうが多かっただろうな

 

冬、1個携わった大事な演劇公演が2回延期かかってますね

それに少しかかるように親族の葬儀がありました

最初はおかしいぐらい何も思わなかったけど最終的に泣いてました

見知った人が亡くなること、人間が死ぬことについていつも以上に考えた

そこから連続で頼ってる人のもとで公演仕事 役割入って生きた心地がした

 

進学して1ヶ月半狂ったようにちゃんと登校してたけど、ぴたっと不登校なった

やっぱり無理だった

 

765のライブ現地に一緒に行くために父親の携帯をスマホに機種変させたが、抽選で落ちた

 

Liella2nd千秋楽友達が当ててしまい(当ててくれて)大阪旅行

初めての大阪

街並みが新鮮で、東京や地元の半都会みたいなとこと空気が違って

初めて漫才劇場の寄席にも行って

大阪大好きになった

Liellaも泣いた

 

親族の葬儀が続いてあって

またどうあればいいのかわかんなくなりました

 

 

夏は始まりに5日間、超大作演劇の現場入れてもらって

それが照明見習いとしてのスタートになった

仕込み図を渡されても何も分からなかった

その場にいる全スタッフが知ってるだろう常識を私は知らないんだと自覚と恐怖に襲われながら、でもちゃんと分からないことは聞きながらやって、見て、大きな一歩だったと思う

動線で作業してしまうくらい余裕がなかったのだ

学生を名乗りながらそんなだとは期待外れの馬鹿と思われておこられてもしょうがないだろうに

師匠は怒らず教えてくれた

体調は相変わらず低めで長時間になると使い物にならなくてゲネで見学しながら寝てたりして

でも深くは触れないでくれて

自分で反省して嫌になって、でもそれ以上の傷にはならなくて

かさぶたがすぐ治ってやる気が増したような感じになった

 

他に舞台の音響オペ引き続きで頼んでいただけて

8月ほぼ毎日稽古場に通った

緊張も解けてきて、居場所や!と思ってめちゃめちゃ生きがいのある期間だった

ここの仕込みも死にかけだった。見習いの先輩ができた(友達ができた みたいな日本語)

演者稽古の手伝い、裏方の勉強と仕事、ぼーっとしてしまった時も見てて楽しくて

舞台の全部をぎゅっと詰めた舞台だった

面白かったから本番の期間も耐えたんだと思う

 

秋 初めてBiSHの現地に行きました

私の青春を代走してくれてるような存在のBiSHを生で見ることができて

本当に楽しかった

コロナ禍になってから知って、でももうすぐ解散とか

寂しいな

私の理想を体現してる存在で 目の当たりにできただけでも良かったのかな

 

キングオブコント、マンゲキとロングコートダディ好きになったのもあってめっちゃ楽しみにしてたんですが

終日の現場が入って(体死にかけ)情報を遮断して深夜に見ました

めちゃくちゃ面白かったっすねあれ

なんなんですか

 

Yes!アキト全国興行

なぜか最前列で めちゃくちゃ笑ってめちゃくちゃ感動しちゃった

アキトさんすげえよ リスペクト

 

いつからか忘れたけどBiSHと怪奇!YesどんぐりRPGに同率1位でドハマリして

人生の彩りが増えた

 

 

ALFEEも行ったな すげえ演奏 すげえステージ

 

頑張って スーツ着て 学校にも行ったけど 企業説明会の部屋に入れなかった

 

兄弟でピンスポ現場

 

Liella3rd 泣いた

ラブライブ一緒に行く長い付き合いの友達が、めっちゃ抱きついてきた 友達

いつもいい席ありがと 誘ってくれてありがと

 

大石さん 弾き語りラボ 念願叶い

実家のような安心感

大好きな幻想アンダーグラウンド 歌詞ミスり事故石ver きけて幸せ

 

地元のチームの観劇、劇団四季の観劇も 幸せだった

 

この前までコロナ療養 いつも具合悪いので8度8分でもあんま分からなかった

鼻に突っ込む検査自分でやるの涙出た

ホテルで1人になって好きに考えるのやめたり考えたりの時間できて

療養後pはいろんな意味でちゃんと自分を休ませられた

 

 

あけましておめでとうございます

うつ体質と共存し今年も生きて生きて生きて生きて生きようと思えるか……!

 

2022年は死にたさとちょくちょくの生きた心地ほんのたまにの生きてよかったのバランスが競って

無にさえ苦しみながらもなんかいま生きてます

 

新しい楽しいものに沢山出会って

できれば成長もしたい

 

 

誠心誠意やっていきます

よろしくお願いします

計算が合わない

計算が合わない。

何故だ、

絶対に合うはずなのに

どこでずれた

公式が違ったか、

計算ミスか、

全て私の思い違いか。

最初から全部間違っていた?

いや、

絶対に

絶対にそんなことはないはずだ

これまでたくさん勉強して先行研究も読み漁って

たくさん助言ももらって

何年もかけて式を組み立てた

絶対に、証明できるはずなのだ

今まで何年も私を苦しませた問いが